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甲羅漂う果て

ミドリガメ・ビジネスについて苦言を述べたい。
ミドリガメのために作られている水槽や陸場といったカメグッズは、すべて生後2年で使えなくなる。私のカメは6歳。私の顔くらいの大きさなので、どのカメグッズも小さすぎて役に立たない。「カメの浮島」とか可愛いグッズがあるが、うちのカメが乗ると沈むだろう。それどころか暇つぶしに壊すだろう。
大きくなったミドリガメを飼う道具はペットショップには置いていない。売れないから作らないのだろう。ミドリガメの成体を飼う人をあてこんでも商売にならないから、幼体とカメグッズを売りさばいてあとは知らんがな。というのがミドリガメ・ビジネスの現状である。

ミドリガメ・ビジネスに見放された成体を飼っている私の目下の悩みは、水槽である。
今はプラスチック製のでかい衣装ケースを使っているが、手狭になってきた。だが「押入れに入らないサイズの衣装ケース」なんてどこも作ってない。ガラス製の水槽は高価だし、それに簡単に丸洗いできるプラスチックのほうが機能的だ。幅1メートル、奥行き80センチ、深さ50センチくらいの水が漏らないプラケース。ありそうでなかなかないものだ。東急ハンズでオーダーメイドするしかないのだろうか。店員さんに使用目的を聞かれたら、「亀頭がおっきくなったから」と答える。警備員にもそう言う。

こうなると手に余るカメを池に捨てる人が出ても不思議ではない。「自然に帰してやったほうがカメが幸せなんだ」とか言って池に捨てる。そのカメがそこで何を食べて生きていくのか。野生に帰れるカメはイシガメやクサガメを殺してでも生きるが、飼育に慣れすぎたカメは冬に死ぬだろう。

毎年、夏になるとミドリガメが安く売られている。私も6年前に「かわいいねえ」なんつって400円で買ったんだが、今は子ガメを見るたびに悲しくなる。


おまえの兄弟たちは今どこで何をしているんだろうねえ。つれない世の中だねえ。もっとエサ食うかい?ああお食べ。よく食うね。ところで俺の顔も覚えないおまえに兄弟って認識があるのかね。あはは。…ねえ、聞いてる?
カメはヒーターを抱いて眠る準備をしながら、「そこのウンコ掃除しとけ」と言って瞼を閉じた。…おやすみなさい。
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by disgust | 2004-10-31 00:41 | 亀甲談

茂ってるねえ

雑草が気になる。
邪魔でうっとうしいのではなく、あの繁殖力が不思議でしょうがない。誰も刈らないでいるとズンズン伸びていって、コンクリートを突き破る、建物を覆いつくす、道をふさぐ。人間に刈られたり、枯葉剤を撒かれたりしても、翌年には元通りになっている。
小学生のときヒヤシンスの水栽培に失敗した私は、植物というのは人間が世話してあげないと芽を出さない弱者だと学んだ。それ以降、園芸に親しむことがないのでずっとそう思っていた。
ところが雑草は誰も世話をしていないどころか、絶滅させようとしているのに、なんであんなに繁殖しているのだ。

で柳宗民さんの「柳宗民の雑草ノオト」という雑草の本を読んだ。たいへんおもしろかった。屁糞の臭いのする雑草の名は、ヘクソカズラ。命名に悪意がある。
いまではちょっとした雑草博士だ。雑草博士になってからというもの、信号待ちが苦でなくなった。中央分離帯の植生を観察して楽しんだり、ヘクソカズラの繁茂に目を奪われたり。
かといって雑草博士は別に園芸をするわけでもないので、きれいな花を咲かせる植物については無知だ。博士は植物の繁殖力にこそ興味があり、手のかかるヒヤシンスなぞには全く興味がない。誰にも愛されず、厭われ、迫害されながらも、死なず腐らず成長する生き様に心をうたれるのだ。かといって博士は別にブス専とかじゃない。屁糞の臭いのする繁殖力の強い女子とは目を合わさない。リンドウのような可憐な女子がよい。
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by disgust | 2004-10-29 20:44 | 雑記

脱フィーン

水冷パソコンの売りはなんといっても静音性であろう。冷却ファンを用いた従来の空冷パソコンはフィーンと作動音がする。テレビもついてない深夜になるとけっこうな騒音でうるさく感じるときもあり、水冷はちょっと憧れる。精密機械と水という組み合わせもデンジャラスで魅力的だ。

静かで暗いところが好きだ。うるさくてビカビカ光るものは嫌いだ。街並みも電化製品も部屋の中も静かで暗いほうが好ましい。だからファンがうるさい石油ファンヒーターよりも、静かな石油ストーブのほうがよい。ヤカンを乗っけて湯をわかし茶を淹れる。芋を焼く。イカあぶる。入浴前にヤカンの湯を湯たんぽに移して布団に入れておく。湯たんぽで金玉をぬくめて遊んでいるうちに眠りに落ち、朝は湯たんぽの湯で顔を洗う。
俺はジジイか。だがここに水冷パソコン様が加われば、ちょっとは若返るだろう。
欲しい。
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by disgust | 2004-10-28 00:49 | 雑記

ぼくらはトイザらスキッズ

トイザらス、玩具販売部門を売却の意向

私がなぜトイザらスを愛したかといえば、それはトイザらスに行けばくっだらないおもちゃがあったからだ。くっだらないおもちゃはほとんどアメリカ製だった。アメリカのバカが作るおもちゃのくだらなさは、日本人の想像をはるかに超える。冗談でも思いつかないような物を本気で作ってくる。プロレスラーの人形で、なぜかスポイトが同梱されている。英語の説明から察するに、どうも人形の背中にある穴に水を注入すると、レスラーが汗を飛び散らす仕掛けらしい。日本のトイザらスは寛大なのか、売れ筋を調べるのが面倒なのか、そういう日本の小学生を完全に無視した商品を輸入し、販売してくれていた。私はそんなトイザらスが大好きだった。

しかし先日、久しぶりにトイザらスに行ってみると、かつての無鉄砲な陳列はなくなり、まっとうな品揃えになっていた。つまり売れ筋のありきたりなおもちゃしかなかった。レゴ、カードゲーム、TVゲーム。私が愛したトイザらスは「すごい楽しいおもちゃ屋」であって「欲しいものが揃っている店」ではない。散々売り場を歩いたが、なにも買わず店を出た。ただひとつの救いは子供用のポンポン銃がカラシニコフだったことだ。さすがアメリカ人、頭がおかしい。

トイザらスの斜陽の原因のひとつに、ふざけた陳列をしなくなった。っていうのがあったりして。
まあ実際は大人の事情がいろいろ複雑にからまって、なんかぐぁーっといろいろあるんだろう。大好きなおもちゃに囲まれていたい俺にはわからん。
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by disgust | 2004-10-26 23:57 | 雑記

ないしょの粉

ミルメークというのは牛乳に入れる甘い粉で、小学校の給食でごくたまーに出た。黒いのを入れるとコーヒー牛乳になり、ピンクはいちご牛乳になる。今日、市販されていることを知った。ツタヤの駄菓子コーナーで、私は脳の深層部に眠る数十年前の記憶をたどり、ミルメークの味を舌に蘇らせることに集中した。フル回転の脳と総動員の味蕾は「激ウマ」と告げる。買ってみた。
帰宅してさっそくコーヒー牛乳を試す。激ウマだった。この寒いのにひえひえの牛乳を一気飲みしてやった。あら懐かしや。と友人知人にも配布しようと4つほど購入したのだが、激ウマだったので一人で飲むことにした。まだ誰にもミルメークを購入したことを人に話していない。このブログだけでこっそり公表してみた。友人知人にばれたらどうしよう。ドキドキ。

俺はこんなくだらないこと書いていていいのだろうか。
ブログっていったい何なのかどんどんわからなくなる。
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by disgust | 2004-10-26 02:02 | blogって何だ

350円の使いみち

さて今宵の一本は。とモンローウォークで品定め。
「キルビル」か、悪くない。む「殺人の追憶」しぶいな。誰かが「アイデン&ティティ」を推してたな、誰だったかな。「実録援交さゆり&あき」ほほう。かわいい顔してからに。

ときにエロスの園に迷いこみながら、ツタヤの散歩を楽しむ。ずっと散歩していてもいいのだが、そろそろ今宵の一本を決めねば。新作を借りて流行に追従してやろうか。単館系のしぶいとこに賭けてみようか。シーメール系のやばいとこを攻めてみようか。むむむ。
思案の果てに、気づくと俺の足がいつもの所で止まる。巨匠・黒澤明コーナー。
そしてもう何度見たかわからない「七人の侍」のジャケを見る。泥の中で刀を振り回す菊千代。ああ、かっこいい。
新作も見ろ!見たことない映画に350円を賭けろ!と鼓舞するのだが、いまいち決めかねると、いつも黒澤を借りている。しかも「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」「隠し砦の三悪人」ばかりを。いいかげん見飽きないものかと思うのだが、何回見てもおもしろいのでつい借りてしまい、先を知っているのにヒャーヒャーいいながら見る。

こんな保守的な映画鑑賞では若い人の話題についていかれん。いかんいかんと呟きながら、結局「用心棒」を借りてしまった。やっぱりおもしろかった。亥之吉がまぬけに棺桶を担いで、ぷぷっ。
でもいいんだろうか「キルビル」とか見なくて。「スパイダーマン」もまだ見てないし。何回見てもおもしろいって、それ記憶を司るなんかがやばいんじゃないのか。

もうこんなんだったら、借りずに買ってしまえばいいのだが、黒澤のDVDは一枚6000円もする。「七人の侍」は8000円。なんでこんなに高いんだ。「ビバリーヒルズコップ」は1980円だったのに。
映画会社はいつまで興行を続けるつもりなんだろう。
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by disgust | 2004-10-25 23:10 | 雑記

嗜好と志向

たまに私はひみつのルートから食用イナゴを調達して、揚げたり煮たりして食べる。調理せずに食ってみたりもする。茹でイナゴは草の味。

ゲテモノを食うとなんか安心する。「食糧難の時代にも私は昆虫、爬虫類、雑草なんでも食って生き延びるだろう」という自信を得る安心感だと思う。他者が食わない物を食うことによって勝ち取る生存。アイデンティティの確保。そういう安心感。
自然界に例えるとパンダが笹を食ったり、コアラがユーカリを食うのと一緒だ。笹はほとんど栄養がないし、ユーカリなんて毒すらあるが、他の誰もが食べない植物なので奪い合いが起きない。しかしさすがに誰も食べない植物だけあって、たいした栄養もないうえに消化に悪く、年中便秘に悩まされたりする。そんな健康状態なので、パンダとコアラは人間様に保護されるのだろう。

男の子に生まれたからには、毎日ビフテキの食える生活を目指してがむしゃらに働いて、資産運用なんかにも積極的にチャレンジせねばなるまい。ところが私は初手からビフテキをあきらめ、調理してないイナゴにチャレンジしたり、庭の雑草の中から食える草を調べたり。これではいつまでたっても貧乏人のままだ。優秀な人間様に恵んでもらいながら生きるほかない。

以上の考察により、ゲテモノ好きは出世しないという真理に達し泣き叫ぶ。その歯に挟まったイナゴの足。
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by disgust | 2004-10-24 16:35 | 雑記

ヌッツォを聴きながら

ローマがイタリアのなかにあることを最近になって知ったくらいなので、学校の社会科の授業はふまじめであった。学校で教わった歴史はなんでつまらなかったのだろう。社会科の先生はおもしろかったのに。

いま思うに、歴史を線でなく点で教わっていたからではないだろうか。
時代の中で表面化した事件や死を、それが起こった順に年表に並べて教えられる。事件や死は点で整理されて、授業ではそれぞれの点を拡大して教える。点と点をつなぐ線は、「解釈がいろいろですからねえ」「まあ確実なことだけ教えときましょうか」ってことで省いたのだろう。
確かに歴史の点だけなら詳細に後世に伝えられるが、そこに至るまでの線は曖昧である。立場によって見方が変わるし、そもそも歴史の線は明確に表面化しない。大きな点のあいだにある小さな点を、無理につないで一本の線でにしようとすれば、自然と無視しなければならない小さな点が出てくる。その取捨選択は「わかりやすくまとめた」ともいえるし、「歴史をねじまげた」ともいえる。面倒を避けるために線でつながずに、点だけをじっくり教えるのだろう。

だが、点だけ教わっておもしろいだろうか。いや歴史を勉強するのにおもしろがる必要もないのかもしれないが、バスの時刻表のような年表を読むより、作家が苦心して描いた歴史の線を読むほうが良いように思う。線の軌跡は作家によって変わるし、ものによっては史実と異なる線もある。だが年表からは学べない、なにかが学べるのではないかと思う。
ねじまげた歴史からは、ねじまがったことしか学べないのだろうか。

要は大河ドラマの「新選組!」がおもしろくて、来週が楽しみだ。ということが言いたい。
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by disgust | 2004-10-23 14:18 | 雑記

いとしのフィデル

カストロが転んだ。
新聞でうつぶせに倒れたカストロの写真を見たとき、思わず声をあげた。
「死なないでくれ!」と願った。
チェ・ゲバラの霊廟前で一時間ほど演説したあと、段差につまずいて膝の骨を折ったらしい。しかしさすがコマンダンテ。転んでもなおマイクを握り「膝が折れたかも」ってキューバ国民に報告。いかす。

キューバ革命の本を読んだり、キューバを旅した知人に話を聞いたりして、キューバとカストロ、チェ・ゲバラが大好きになった。
アントニオ猪木とガンジーとミック・ジャガーに共通するのは、笑顔が最高に愛らしいことだ。各人の生き方、思想、笑顔の裏にある苦悩は異なるが、笑顔がもう最高にステキで無条件に好きになった。
比べてカストロは笑顔をあまり見せない。眉間にしわを寄せて演説している険しい表情が印象的だ。でも目の前で転ばれたら咄嗟に支えたくなるような魅力がある。なんだろう。敬老でもないし。
まあ、とにかく好きな人だ。俺のアイドルだ。長生きしてほしい。
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by disgust | 2004-10-22 20:09 | 雑記

純喫茶 警察

むかしコンビニでサンドイッチを買っている警察官を見た。
しかしそれきりサンドイッチを買う警察官を見ない。
吉野家でガツガツ食ってる警察官も、パトカーを路上駐車して弁当食ってる警察官も見ない。警察官の方々、特に制服で交番勤務の方はどこでどうやって食事したり休憩したりしているのだろう。

休憩している姿を人前にさらすことを規則で禁じているのだろうか。たしかに制服の警察官がサイゼリアでぼーっとしてたら、ちょっとびびる。休憩中なんだからどこでなにをしようが勝手なんだが、やっぱり警察官ともなるとそうもいかないのであろうか。
「お巡りさん、むこうでケンカしてる人がいます」
「いや本官は休憩中なんで」
とは言えないから休憩時間でも仕事しに行かなければならないのだろう。
不憫だ。危険な仕事なのに休憩すら満足にとれないなんて、あまりにも不憫だ。

ということは外で制服勤務の警察官の方々は交番か署内、もしくは絶対人目につかない所で休憩するのだろうか。ひょっとすると全国各地に看板のない警察官専用の休憩所があるのかもしれない。パッと見は民家なんだけど、中では警察官たちがサンドイッチ食いながらプレステしたり、漫画ゴラクを読んでたりするのかもしれん。
どうなんだろう。
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by disgust | 2004-10-22 04:36 | 雑記