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そそりたつ巨塔

「白い巨塔」の原作を読んだが、唐沢寿明のテレビドラマのほうがおもしろかった。
原作の財前五郎はほとんど隙のない悪党だが、唐沢版は少し迷いのある中途半端な悪党で、そのぶん感情移入できた。シェイクスピアの劇のような、濃い~苦悩の芝居がよかった。

唐沢版は田宮二郎版より、視聴率がよかったそうだ。しかし番組の成功を祝うパーティで、原作者の山崎豊子さんは「この物語が今でも通用するということは、医療の問題が、私がこの物語を書いた40年前と、今も変わっていないということです」と嘆いた。痛い話だ。

しかし唐沢寿明はよかった。芝居が大袈裟とか言われてるが、私は全肯定だ。あれでいい。音楽が加古隆なんだから、あれくらい唇はわなないていい。義父役の西田敏行と絡むと、画面の濃度がもうベトベトで、超俺好み。再放送しねえかな。
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by disgust | 2005-03-30 23:17 | 映画とか本とか

どこに置くか

NYの美術館に自画持参、名作の間にちゃっかり展示
読売新聞

小粋だ。犯人のバンクシーさんのサイト。
Banksy
ART OF THE STATE

作品の置かれている環境というのは、作品の中身と同じくらいに重要だ。作品の中身は不変であっても、置かれている環境のほうは変化する。警察署の近くの壁に描いたからおもしろかった絵も、警察署がなくなればおもしろくなくなる。ただの便器も、美術館に持ち込んで展示すればおもしろくなる。

美術館は絵を静かにゆっくり見られる環境ではあるが、利点はそれだけだ。
ピカソ展に行くと、ピカソの絵が壁を埋め尽くすように展示されてる。あれは12曲入りのCDを、12曲同時に聴かされるようなものだ。ピカソ展だから仕方ないのだが。
ファミレスの壁に掛けてある絵のほうが、環境としては恵まれてるんじゃないかと思う。
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by disgust | 2005-03-28 02:02 | 映画とか本とか

風呂場でアングリー

銭湯に行くときには、小さいボトルに入った携帯用のシャンプーとボディソープが必要だ。
減ってきたので、家の風呂で使ってるでかいボトルから補充した。間違えた。
ボディソープが入ってるボトルにリンスを補充してしまった。リンス・イン・ボディソープを手にとってヌルヌルしてみると、大変ヌルヌルで気持ちよかったが、これでボディ洗いしたら、すすぎが面倒になりそうだ。もったいないがリンス・イン・ボディソープをゴミ箱に廃棄した。

リンス・イン・ボディソープはボディソープ・イン・リンスとしてシャンプー的に使用できたかもしれんな。と思案してたら、今度はシャンプーのボトルにリンスを補充してしまった。誰だ!ここにリンスを置いた奴は!あとなんでシャンプーもリンスも白い!
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by disgust | 2005-03-27 01:37 | 雑記

譜面に表れないもの

ライブ盤とスタジオ録音のアルバムと聴き比べると、ずいぶん印象が違うときがある。スタジオ録音に比べて、スカスカでへっぽこなライブ盤を聴くと、「練習しろよ」と悲しくなる。逆にライブ盤のほうがいい場合は、ちょっと嬉しくなる。アルバムに収録されているバージョンとアレンジが違ったり、テンポが違ったり。ニヤリとされられる。しかしアレンジと馴れを勘違いして、ものすごい巻き舌で歌ってたりすると「飽きるなよ」とむかついてくる。

スタジオ録音となんら変わってないのに、なぜだかライブ盤のほうが圧倒的にいいときがある。音が不鮮明なのが逆にいいとか、客の歓声入りのほうがいいとか、声の裏返りがいいとか、理由はいろいろ考えられるが、最も重要なのは演奏している側のノリだと思う。ノリ。グルーヴ。テンション。容易に再現できない、一回性のなんかが、圧倒的な差を生むのではないかと。

お笑いブームなので、同じ芸人さんの同じネタを、違う番組でもう一度見ることがある。漫才でもコントでも落語でも同じだろうが、そのときしか出せなかったノリ、絶妙な間とタイミングというのがあって、テレビを見てて「あっ!このコンビおもしれえよ!」と人に薦めておいて、「違う!これは俺が見た南海キャンディーズじゃない!」とひとり怒るのは、笑いの神のいたずら。
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by disgust | 2005-03-24 21:58 | 雑記

備えても憂う

一ヶ月ほどまえから、ちょこちょこと防災グッズを集めている。いろんな防災グッズがセットになった非常用持出袋というのが売っているが、いまいち信用ならない。非常食として有用なのだろうが、「きなこもち」って何だ。必要なのかもしれんが、きなこもちより大事なのがありそうなので、私は自分で買い集めている。

使ってないバッグに靴や懐中電灯を入れた。阪神淡路と新潟の震災から学び、ガムテープと油性ペンも袋に入れた。絆創膏よし、ラジオよし、替えの電池…。買おう。
チェック表を作ってる時は、旅行の荷造りのようでちょっとワクワクであったが、袋の中身が埋まるにつれて、身が引き締まり、次いで怖くなった。ちゃんと袋を持って逃げられるだろうか、俺。
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by disgust | 2005-03-24 03:31 | 雑記

梅にたかる蝿

以前、友人にいい話を聞いた。
「プライベート・ライアン」の撮影中に、見事な虹がでたそうである。撮影スタッフは、「なんかに使えるかもしれないから」と撮影の準備を始めた。しかしスピルバーグは「撮らなくていい。見よう。」と言って、みんなで虹を見たそうである。

このいい話を、カメラ親父に聞かしたい。
いま梅が咲きごろだが、梅は本来見るものであって、撮るものではない。梅の木を中心にカメラ親父の三脚が取り囲んでいるのを見ると、ヘドが出る。まるで糞にたかる銀蝿だ。おまえらの目はそのガラス玉か。そのメモリーカードになにが記憶できるというのだ。自分の目があるなら、目で見ろ。脳裏に焼き付けろ。インポの目とポンコツの心は、キャノンのハイエンド機でも補えない。いかにうまく撮っても、それは観光地で売ってる絵葉書の写真と寸分違わぬ。だからその黒いチンポのような望遠レンズをのけ。風景が汚れる。

桜が咲きだすころになれば、銀蝿はもっと増える。銀蝿が「撮る自由」を主張するなら、彼らは「見る自由」を尊重しなくてはならない。桜を見ている私が、絶妙なタイミングでカメラ前を横切り、カメラ前で仁王立ちしていたとしても。
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by disgust | 2005-03-20 22:33 | 雑記

便所の契り

カメが一週間くらい生活した水槽の水を、カメ水という。
カメ水は体によくない。糞尿と食いカスがヒーターで暖められているので、バイキンだらけだ。目や傷口に入ったら、急いで消毒しよう。

むかし「ミドリガメには毒がある」と誤解されていた。掃除していないカメ水に触れて、手を洗わずに食事した子供老人が腹をこわしたりして、「ミドリガメの毒」という誤解が生まれたんだと思う。カメ水を口に入れたら、そりゃ腹をこわす。しかしカメ自体は無毒で、しかもかわいい。カメは悪くない。糞尿に手を浸して、手を洗わない人間が悪いのだ。カメ水を触ったら、手を洗おう。

そんなきちゃないカメ水は、便所に流して捨てるのだが、京都議定書を遵守する俺は節水を忘れない。ついでに俺もウンコする。便器の中で混じり合う、俺のウンコとカメのウンコ。溶けて絡まり、ひとつになって流れていく。
見ろよ、カメ。俺たちはひとつだ。あのウンコのように、俺たちも仲良くしていこうな。約束だぞ。a0016459_2158463.gif
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by disgust | 2005-03-19 21:57 | 亀甲談

採れ!撮れ!

NHKがやっているミニミニ映像大賞
25秒の映像作品を一般公募している。25秒じゃほんとにミニミニである。自主製作映画でもなく、ショートフィルムでもなく、CMでもない。ミニミニ映像。なんか他にいいネーミングないものかと思うが、いい企画だ。

散歩の帰りに摘んだ花を、食卓の花瓶にポンと活ける。そんな気軽な創作。
写真なら「ポン」と撮れる。しかし映像は「ポン」とはいかない。「じーーーっ」と撮る。映像はこのへんの鈍さが弱点だ。音も録らないといけないし、演者を使うとなるとさらに手間をくう。
映像は、余暇で楽しめない趣味だろうか。どうだ。ッポオンと撮れないもんか。ポンポン映像。そんなネーミングはどうか。ポンポンポルノ。パンパンガール。ぺんぺん草をポンと。
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by disgust | 2005-03-18 23:58 | 雑記

抗う理由もないけれど

1 サイレントからトーキーへ
2 モノクロからカラーへ
3 実写からCGへ
4 フィルムからデジタルへ

映画の変革を大雑把に列挙すると、こんな感じになる。と思う。
トーキー化によって「音の演出」が加わり、カラー化によって「色の演出」が加わり、映画はある程度完成された。CG化で、特撮と実写の境界があいまいになった。これは良し悪しだ。安易にCGで賑やかして、内容のない映画が増えた。

デジタル化は、映画製作の裾野を広げたという点でじゅうぶん意義がある。
デジカムは10万もあれば買えるし、パソコンを買えば映像編集のソフトはついてくる。誰でも映画監督になれる時代だ。
ジョージ・ルーカスはフィルムを捨てて、映画用のデジタルカメラを使っている。デジタルはフィルムに比べて一分あたりのコストが破格に安く、加工費も安い。映画館にフィルムを配送するのではなく、直接映像データを配信するようになれば、もっと製作費は安くなるという。
製作費が安くなれば、いろいろな作品が生まれる。クズも増えるだろうが、そのなかから新しい映画は生まれるだろう。フィルムからデジタルへの変化は、過去の変革とは異質の、それでいて大きな変化だ。

でもスピルバーグはいまだにフィルムで撮っている。フィルムもデジタルも、ほとんど画質に遜色はない。スピルバーグがフィルムで撮る理由は、単に好きだからだろう。
例えば写真の学校で、先生がフィルムの現像を若い生徒に教えるとする。しかし若い生徒に「私は一生、デジタルで撮るつもりなので現像については学ぶ気がしません。」と言われたら、先生は返す言葉がないだろう。だってフィルムもデジタルも、画質はほとんど一緒だし。でも先生はムキになって「フィルムってなんかいいじゃん!よくない!?」と言うだろう。スピルバーグもそう言うだろう。

フィルムがデジタルに勝る要素は、今やほとんどない。でもフィルムはなんかいい。たいして理由はない。なんかいいの。
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by disgust | 2005-03-18 00:58 | 映画とか本とか

春の訪れ

風邪薬のCMを見ると「冬だな」と思う。天気予報が桜の開花時期を報じていると「春だな」と思う。四季の移ろいをテレビでしか感じられないなんて、俺も不粋よの。雪を割って芽吹く草花とかね。春の足音はそういうのから感じたい。

で、でかっ。カメのウンコめちゃめちゃでか。俺の小指くらいある。そういや最近よく食うな。暖かくなったんやねえ。
杓子ですくって、春の香りを楽しむ。くさい。
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by disgust | 2005-03-16 21:50 | 亀甲談