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ダダカン86歳

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ダダカン再訪記-藝術仏の近況
奥崎謙三がいない世界なんて。
でもまだダダカンがいるから大丈夫だ。

竹熊健太郎著「箆棒な人々」は大変おもしろいので、12月の文庫化を待って皆買うべし。
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by disgust | 2007-09-23 22:59 | 雑記

熾き火に枯れ枝乗せたもうな

三次会が終わると、朝だった。もっと遊んでいたい。ずっと酔っていたい。
でもお開きにしよう。明日仕事とかじゃなくて、もう金がないとかじゃなくて、これ以上は楽しくなれないから。潮どきなのさ。立てよ、酔っ払い。たばこ?俺もねえよ。

でも思う。
アイウォナパーティ エヴリナイ。
私の人生にそんな季節が、また来るかしら。
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by disgust | 2007-09-18 00:25 | 雑記

引き目のおかしみ

「花神」を読み終えて、いまは「竜馬がゆく」を再読している。
いまは、池田屋のちょっと前あたり。ふふふ。

司馬遼太郎の筆はあっさりしている。登場人物の視点を借りることはまれで、状況を真上から見下ろすように書く。読者の興奮が高まってくると、「以下余談ながら」と話の腰を折る。登場人物とも、読者とも、一定の間隔を保っている。人物の大きさを描くとき、「把握できない」と筆を投げる。異常な行動を描くとき、「理解できない」と突き放す。丹念に物語るわりに、肝心なことで表現を放棄する。憎たらしい芸だ。超好き。

西郷隆盛が薩摩と長州のケンカを、一発芸で仲裁したことがあるらしい。
薩長といえば明治維新の主役である。その両藩の代表が懇親会でケンカを始めたのだから、成り行きによっては、国益に関する事件である。そのような修羅場を一発芸で解決させてしまう西郷の器量たるや計り知れぬものがあり、明治維新の難局を救った彼の一発芸も、常人には理解できぬ凄味がある。ローソクを跨いで金玉の毛を焼くというもので、司馬遼太郎が「芸なのかどうかさえわからない」と筆を投げてしまうのも理解できる。また、ちん毛の焦げる臭いを登場人物の視点を借りて活写されても困る。突き放すほかないし、突き放すからこそ、西郷の苦悶の表情が最高笑える。
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by disgust | 2007-09-07 22:58 | 映画とか本とか