抗う理由もないけれど

1 サイレントからトーキーへ
2 モノクロからカラーへ
3 実写からCGへ
4 フィルムからデジタルへ

映画の変革を大雑把に列挙すると、こんな感じになる。と思う。
トーキー化によって「音の演出」が加わり、カラー化によって「色の演出」が加わり、映画はある程度完成された。CG化で、特撮と実写の境界があいまいになった。これは良し悪しだ。安易にCGで賑やかして、内容のない映画が増えた。

デジタル化は、映画製作の裾野を広げたという点でじゅうぶん意義がある。
デジカムは10万もあれば買えるし、パソコンを買えば映像編集のソフトはついてくる。誰でも映画監督になれる時代だ。
ジョージ・ルーカスはフィルムを捨てて、映画用のデジタルカメラを使っている。デジタルはフィルムに比べて一分あたりのコストが破格に安く、加工費も安い。映画館にフィルムを配送するのではなく、直接映像データを配信するようになれば、もっと製作費は安くなるという。
製作費が安くなれば、いろいろな作品が生まれる。クズも増えるだろうが、そのなかから新しい映画は生まれるだろう。フィルムからデジタルへの変化は、過去の変革とは異質の、それでいて大きな変化だ。

でもスピルバーグはいまだにフィルムで撮っている。フィルムもデジタルも、ほとんど画質に遜色はない。スピルバーグがフィルムで撮る理由は、単に好きだからだろう。
例えば写真の学校で、先生がフィルムの現像を若い生徒に教えるとする。しかし若い生徒に「私は一生、デジタルで撮るつもりなので現像については学ぶ気がしません。」と言われたら、先生は返す言葉がないだろう。だってフィルムもデジタルも、画質はほとんど一緒だし。でも先生はムキになって「フィルムってなんかいいじゃん!よくない!?」と言うだろう。スピルバーグもそう言うだろう。

フィルムがデジタルに勝る要素は、今やほとんどない。でもフィルムはなんかいい。たいして理由はない。なんかいいの。
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by disgust | 2005-03-18 00:58 | 映画とか本とか
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