梅にたかる蝿

以前、友人にいい話を聞いた。
「プライベート・ライアン」の撮影中に、見事な虹がでたそうである。撮影スタッフは、「なんかに使えるかもしれないから」と撮影の準備を始めた。しかしスピルバーグは「撮らなくていい。見よう。」と言って、みんなで虹を見たそうである。

このいい話を、カメラ親父に聞かしたい。
いま梅が咲きごろだが、梅は本来見るものであって、撮るものではない。梅の木を中心にカメラ親父の三脚が取り囲んでいるのを見ると、ヘドが出る。まるで糞にたかる銀蝿だ。おまえらの目はそのガラス玉か。そのメモリーカードになにが記憶できるというのだ。自分の目があるなら、目で見ろ。脳裏に焼き付けろ。インポの目とポンコツの心は、キャノンのハイエンド機でも補えない。いかにうまく撮っても、それは観光地で売ってる絵葉書の写真と寸分違わぬ。だからその黒いチンポのような望遠レンズをのけ。風景が汚れる。

桜が咲きだすころになれば、銀蝿はもっと増える。銀蝿が「撮る自由」を主張するなら、彼らは「見る自由」を尊重しなくてはならない。桜を見ている私が、絶妙なタイミングでカメラ前を横切り、カメラ前で仁王立ちしていたとしても。
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by disgust | 2005-03-20 22:33 | 雑記
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